満ち足りた日々






「雨か…」

ザアザアと教室の窓を叩きつける雨。

小一時間前はよく晴れていたのに、突然の雨だった。

空の彼方とおくは少し青い空が雲の合間からのぞく。


「すぐやむだろう」

柳は読みかけていた本から窓の外へと目をむけた。

教室には誰もいない。ひっそりと、シンとしている。


「それにしても、遅いな…」

人を待つ身。それは慣れてしまっているが、長い間こうしているのも寂しい気がする。

柳はパタンと本を閉じると、再び、外へと視線をむけた。


止みそうもない。

少し前まで雲の合間からのぞいた青い空が雲に覆われ、見えなくなっていた。

雨は勢いを増しているかのようだった。


「蓮二、すまない。遅くなってしまった」

教室の戸を思いっきりあけたのは真田だった。

部活の顧問と打ち合わせをしていたため、遅くなってしまったのだ。

本来なら、部長の幸村の担当だが、病院にいくというので副部長の真田が代わりに引き受けたのだった。


「蓮二?」

返事のない柳に真田は近づいた。
かすかな息づかいが聞こえた。どうやら、寝ているようだ。

「寝ているのか。蓮二?」

器用に椅子に座り、きれいに姿勢を正したまま寝ていた。
もともと、目を閉じている彼なので、寝ているように見えない。


「蓮二」

真田は起こさないように、隣の席にすわった。


きれいな顔。


整った顔。

真田はしばらく、その柳の顔を見つめていた。遠くで雨の音が子守唄のように聞こえた。

「弦一郎…」

遠くで柳の声が聞こえてきた。目の前にやさしい顔が映し出される。

「蓮二…」

真田は柳を抱きしめると、そっと頬にキスをした。

バシッ

頭に痛みがはしった。真田はその痛みで覚醒した。

「弦一郎、起きたか」

柳が覗き込んでいる。真田は辺りを見渡し、そこがまだ教室だと気づく。

「蓮二…?」

まだ、把握しきれていない真田をよそに、柳は笑みを浮かべた。

「どうやら、俺たちは寝てしまったらしい…」


雨はすでにやみ、雲間から光が差し込んでいた。

「寝て…!」

ガバッと体を起こし、真田はおそるおそる時計をみた。夕方6時を回っていた。

「弦一郎、帰ろうか」

柳はカバンを背負うと、真田をうながした。


「蓮二、いつ起きたんだ?」

帰り支度をする真田は柳にそうつぶやいた。

柳はいたずらっ子のように、始めからだ。といった。

その答えに真田は大きく目を見開いてしまった。


「冗談だ、弦一郎」

そういって、柳は教室を出た。

そのあとを追うように、真田もそこを後にした。


「蓮二、本当はどうなんだ?」


「お前が寝てすぐだ…」

そんな楽しい会話が遠のいていく。

「弦一郎…お前の寝顔も可愛かったぞ…」

付け加えるように柳のささやきに真田は何も言葉もでなかった。

雲間から見える一筋の光が輝いていた。







おわり